日々是好日

日記のようなもの。日々考えたことや思ったことを書いています。

老兵は死なず、ただ消え去るのみ

先日、めでたく?50歳の誕生日をむかえてしまい、そんなに長く生きている気などまったくしていないのに半世紀(50年)も生きていることになってしまった。「人生50年」と言っていた信長の時代だったらとっくに死んでいるはずの年齢になってしまったのだが、50年も生きている実感などまったく感じられない。自分の感覚としては50になった今でも30代後半ぐらいの感じでいるのだが、「時間」というものは僕の感覚などおかまいないしに着実に進んでいくものらしい。


気がつくと会社でも周りは僕よりも若い人たちが大半を占めるようになってきた。僕自身の会社での立ち位置も好むと好まざるにかかわらず「ベテラン」「ロートル」「名ばかり管理職」の部類に入ってきた。最近は「パワハラ」だの「セクハラ」だのと後輩との接し方も難しくなってきたので会社の若人たちに声を掛ける時は何だか緊張してしまう自分がいる。


僕の会社は定年が60歳。なので僕の定年までの残り時間も10年を切ってしまった。これからも定年まで今と変わりなく同じような感じでこの会社で働き続けることになるのだろう。


仕事についても、これから先の収入に関しても先が見通せるようになった。そして定年後についても。僕がいる会社は定年後の再雇用は65歳までなので、定年をむかえても本人が希望すれば65歳まで働くことができる(もちろん給料は下がるが)。定年後も同じように働らいている人もいるし、辞めた人もいる。再雇用の期間が終わった後(65歳を過ぎた後)もパートとして働いている人もいる。ただし、そういう人の中には全員ではないが、正直、仕事のパフォーマンスに関しては今の僕たちと同レベルのパフォーマンスを行っているとはお世辞にも言い難い人たちもいる。そういう人たちを見ていると人間の「引き際」というものについて自然と考えてしまう。


「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」と言ったのはダグラス・マッカーサーだが、やがて確実にやってくる自分の定年や再雇用の日をむかえた時に僕はどうしているだろうか?


若い時のようなパフォーマンスで仕事ができなくなっても会社にしがみついて仕事を続けているだろうか?それとも満足できるパフォーマンスで仕事ができないのならと矜持を示して会社を辞めているだろうか?


どっちだろうか?