日々是好日

日記のようなもの。日々考えたことや思ったことを書いています。

ギリギリまで粘る。

自暴自棄になって頓挫しかけているダイエットだったが、その後何とか持ち直しつつある。何回か「ドカ食い」をして60キロを超えたことがあったが、そのあとは持ち直して今の体重は59キロ台で推移している。

 

6月だと思っていた会社の健康診断は7月中に受診すればいい、ということがわかったのでこの調子で再び波に乗せて順調にダイエットを進めてせめて58キロ台、いや欲を言えば57キロ台にして健診に臨みたい。

 

今日から7月。健診を受ける日は自分で決められるのでギリギリまで粘って少しでも体重を落としたい。まだ僕のダイエットは終わらない。

「老化」には抗わないことにする

先週の水曜日あたりから喉の調子が悪い。仕事中に「なんか声が枯れてきたな……」と思ってそのままにしておいたら結局ガラガラ声になってしまった。

 

熱もなく、喉の痛みもそれほどなかったので病院へは行かずそのまま様子を見ることにしたのだが、1週間経っても良くならないので、耳鼻科へ行くことにした。

 

喉の炎症が少しある、と医師から言われてトラネキサム酸やカルボシステインなどの薬を処方してもらった。処方された薬を服用すると喉の調子も良くなってきた。

 

40代を過ぎたあたりからだろうか。どこか具合が悪い時に「一晩寝たら良くなった」という経験をすることがほとんどなくなってしまった。具合が悪い時はいくら寝ても体調は良くならず、結局病院へ行って何らかの治療や薬をもらって飲まなければ症状が改善するということがなくなってしまった。これが所謂「老化」というやつで、その影響で「免疫力が下がる」ということなのだろう。

 

具合が悪くなったらすぐに病院へ行くことにしよう。「老化」に抗うなんてことは時間の無駄だ。「寝たら良くなるだろう」と淡い期待を抱きながら症状を長引かせて苦しい思いを続ける必要などないのだ。

 

歳を取らない人間などいない。「老化」に抗うという考え方そのものがそもそも間違っているのではないだろうか。「老化」に抗うのではなく、「老化」に寄り添う。「アンチエイジング」なんて僕にはとても無理そうだ。

水は低きに流れ、人は易きに流れる その弍

僕がダイエットを始めてから50日が過ぎた。友好関係を築き上げてきたはずの体重計だったのだが、ここ数日は顔すら合わせていないという状況が続いている。もちろん、その原因ははっきりしている。食べ過ぎているのが自分でもわかっているので体重計にのりたくないのだ。

 

次回の会社の健康診断までに体重を56キロ台にするという目標を掲げて始めたダイエットだったのだが、スタートから50日をむかえてすっかりやる気がなくなってしまった。今や体重計にのるのも苦痛だ。

 

もうすぐ6月が終わる。7月になったら健康診断を受診しなければならないというのに、この有様はいったいなんだというのだ。自分に腹が立ってしかたがない。

老兵は死なず、ただ消え去るのみ

先日、めでたく?50歳の誕生日をむかえてしまい、そんなに長く生きている気などまったくしていないのに半世紀(50年)も生きていることになってしまった。「人生50年」と言っていた信長の時代だったらとっくに死んでいるはずの年齢になってしまったのだが、50年も生きている実感などまったく感じられない。自分の感覚としては50になった今でも30代後半ぐらいの感じでいるのだが、「時間」というものは僕の感覚などおかまいないしに着実に進んでいくものらしい。


気がつくと会社でも周りは僕よりも若い人たちが大半を占めるようになってきた。僕自身の会社での立ち位置も好むと好まざるにかかわらず「ベテラン」「ロートル」「名ばかり管理職」の部類に入ってきた。最近は「パワハラ」だの「セクハラ」だのと後輩との接し方も難しくなってきたので会社の若人たちに声を掛ける時は何だか緊張してしまう自分がいる。


僕の会社は定年が60歳。なので僕の定年までの残り時間も10年を切ってしまった。これからも定年まで今と変わりなく同じような感じでこの会社で働き続けることになるのだろう。


仕事についても、これから先の収入に関しても先が見通せるようになった。そして定年後についても。僕がいる会社は定年後の再雇用は65歳までなので、定年をむかえても本人が希望すれば65歳まで働くことができる(もちろん給料は下がるが)。定年後も同じように働らいている人もいるし、辞めた人もいる。再雇用の期間が終わった後(65歳を過ぎた後)もパートとして働いている人もいる。ただし、そういう人の中には全員ではないが、正直、仕事のパフォーマンスに関しては今の僕たちと同レベルのパフォーマンスを行っているとはお世辞にも言い難い人たちもいる。そういう人たちを見ていると人間の「引き際」というものについて自然と考えてしまう。


「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」と言ったのはダグラス・マッカーサーだが、やがて確実にやってくる自分の定年や再雇用の日をむかえた時に僕はどうしているだろうか?


若い時のようなパフォーマンスで仕事ができなくなっても会社にしがみついて仕事を続けているだろうか?それとも満足できるパフォーマンスで仕事ができないのならと矜持を示して会社を辞めているだろうか?


どっちだろうか?

水は低きに流れ、人は易きに流れる

僕がダイエットを始めてから30日(1ヶ月)が過ぎた。今日のお風呂上がりの体重は58.75キロ

2週間が経過した段階で57.50キロになったので「このままいけば56キロ台なんてすぐやな。この調子で55キロ台まで落としちゃおうかな」などと余裕をブッこいていたのだが、ダイエットというのはそんなに甘いものではない。そんなことは自分でも十分にわかっていたはずなのに57キロ台になった段階で調子に乗って食べる量を増やしてしまった。間食は「素焼きナッツ」と決めていたはずなのに、それだけでは満足できずに必殺技「もう少し食べても大丈夫だろう」を炸裂させてヨシタケシンスケ展で買った「西郷せんべい」を2袋食べてみたり、どこからかお土産でもらって置いてあったバウムクーヘンの切れ端を口の中に放り込んでみたり……こんなことをしていて痩せるわけがない。

結局、57キロ台でその後の体重は58キロ台後半と59キロ台前半を行ったり来たり。そうこうしているうちに1ヶ月が過ぎてしまった。まあ痩せていることは確かなのでとりあえず開始時の60.35キロから1ヶ月で1.6キロ減ということでよしとすることにする。

まだ日程は決まっていないが今月はいよいよ健康診断。目標の56キロ台目指して引き続きがんばります。

またまた大黒摩季が聴きたくなってきた。

何だか最近忙しい。

仕事が立て込んできた。やらなければならない業務がたくさんある。泊まりがけで屋久島に出張に行かなければならなくなった。読みたい本がたくさんある。ネトフリとアマプラで観たいドラマやアニメがたくさんある。観たい映画もたくさんある。書いておきたいこともいくつかある。抜書きしておきたい文章もたくさんある。ダイエットのためにスクワットもしたいし、1時間ぐらいのウォーキングもしたい。子どもの音読を聴いてあげなければならない。子どもの漢字の書き取りを見て、間違えて書いている字の正しい書き方を教えてあげないといけない。引き算のひっ算がまったくわかっていないみたいなので、教えてあげないといけない。

やらなきゃいけないことややりたいことがたくさんあっていっぱいいっぱいになってきた。

こんなときに聴きたくなるのはやはり大黒摩季だ。

やらなきゃ行けないことだらけ
 やりたいことつのるだけ
 このままでいいのかな…
 何もかもが不安に変わるよ

 あぁ 君のように輝いてみたい
 冷たい風に吹かれても負けない君のように
 あぁ 諦めないで前だけ向いて歩いてみよう
 寂しくても たとえ苦しくても
 何かが見えるまで
 大黒摩季 「あぁ」

この曲が発売されたのは1996年。大学受験に失敗した僕が生まれて初めて親元を離れて福岡で浪人生活を送っていた時期だ。この時期は予備校と予備校の寮の往復しかせず、自分は勉強する機械(マシーン)になったのだと自分に思い込ませてただひたすら受験勉強に励んでいた。テレビも見ず、マンガも読まず、映画も見ずに勉強に励んだ。まさに背水の陣だった。その当時の僕は大学に合格しないことには自分の人生を次のステップに進めることができなかった。

易きに流れそうになるとこの曲を聴いて自分を奮い立たせていた。あれから30年近く経とうとしている今でも自分を奮い立たせたい時にはこの曲が聴きたくなる。よし、がんばろう。


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ヨシタケシンスケさんを好きになったかもしれない

子どもが行きたいというので、カクイックス交流センター(かごしま県民交流センター)で開催中のヨシタケシンスケかもしれない展に子どもと一緒に出かけてきた。

 

ちなみに子どもが学校からチラシを持ってくるまでこの「ヨシタケシンスケ」という人物のことを僕はまったく知らなかった。


ヨシタケシンスケさんは1973年6月17日生まれ。神奈川県茅ヶ崎市出身で筑波大学大学院芸術研究科総合造形コース修了。イラストレーター、絵本作家。2013年に初の絵本「りんごかもしれない」を出版。これまで「りんごかもしれない」「もう ぬげない」「なつみはなんにでもなれる」「おしっこちょっぴりもれたろう」「あつかったら ぬげばいい」「あんなに あんなに」で7度にわたりMOE絵本屋さん大賞(絵本版の本屋大賞みたいなものらしい)1位に輝く。「発想絵本」と呼ばれる子どもの想像力や視点を広げる新感覚の絵本作家として大人気らしい。


会場内には豊かな発想の源である小さなスケッチ約2,000点と絵本のアイデアスケッチ、原画、そして今回の展覧会のためにヨシタケさんが考案した立体物や愛蔵のコレクションなど約400点以上が展示されていて見応え十分、いや十二分の展覧会だった。

 

家に帰ってからも興奮冷めやらず、夕食を食べ終わったあとはグッズショップで購入した展覧会公式図録「こっちだったかもしれない」のページをめくりながら寝るまでの時間を過ごした。この図録を読んでもう一度行ったらまた作品に対する見方が深まるかもしれない。

 

一緒に行った子どもが急かすのでひとつひとつの作品をじっくりと見ることができなかったのがとても残念だった。6月21日(日)まで開催中なので時間を作ってもう一度、今度は一人で、じっくりと見に行きたい。そして、鹿児島会場限定の西郷せんべいをもう一箱買いたい。

 

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